プロダクションノート 写真

伝記映画ではなく、人生の一瞬に光を当てた物語

伝記映画ではなく、人生の一瞬に光を当てた物語

写真 その死から半世紀以上経った今も、ジェームズ・ディーンは伝説そのものだ。しかし、製作会社のシーソー・フィルムズは、ありがちなディーンの伝説を伝記映画にすることには興味がなかった。知られざるストーリーがあるはずだと考え、ディーンの日常を忍耐強く調べた。プロデューサーのイアン・カニングは、「実在した著名人に語る価値のあるストーリーが必ず存在するわけではない。感情に訴え、劇的に面白い要素があるかをチェックしながら大量のリサーチを重ねた」と振り返る。 
脚本を引き受けたルーク・デイヴィスが、ディーンと写真家のデニス・ストックの撮影旅行に目をつけた。デイヴィスからこのアイデアを聞いたカニングは、それこそ自分たちが映画化すべき物語だと考えた。デイヴィスはタイムズスクエアに佇むディーンの有名な写真の背景を調べ、写真家集団マグナム・フォトの幹部ジョン・モリスや、当時7歳だったストックの息子ロドニーら関係者へのインタビューを行った。出来上がった脚本は、ディーンの一生を描いた伝記映画ではなく、壮大なテーマのもと人生の一瞬に光を当てたものとなった。

自身と共鳴する写真家の物語に運命を感じたアントン・コービン

自身と共鳴する写真家の物語に運命を感じたアントン・コービン

写真 カニングはデペッシュ・モード、U2、コールドプレイのPVをアントン・コービンと共に制作していたので、企画を練るなかで彼の名前が挙がるのは自然な流れだった。「俳優やミュージシャンを撮影してきた写真家でもあるコービンは、本作の監督に適任だった」とカニングは説明する。デイヴィスも写真家の性質をよく理解しているコービンなら、脚本を安心して託せると確信した。
当初、既に『コントロール』を監督していたコービンは、再び伝記映画を作ることに興味がなかったが、自分と同じくアーティスティックな人物を追いかけ、巨匠ユージン・スミスからインスピレーションを得た写真家ストックに惹かれ、この企画を引き受けた。
コービンは、本作の強みはディーンが題材ということだけではないと指摘する。「これは、ストックの物語でもある。彼の立場からも彼がどのようにこの友情を経験したかが語られる。ディーンとストックは互いから学んだ。ストックは息子との関係を少し見直せたし、ディーンにとってはご機嫌取りではなく、自分の意思を持つ友達は新鮮だった。」

ディーンになりきると同時にイメージを破ることに挑戦したデイン・デハーン

ディーンになりきると同時にイメージを破ることに挑戦したデイン・デハーン

写真 製作スタッフ全員一致で、ディーン役にはデイン・デハーンが完璧だという結論に達した。しかし、デハーンには説得が必要だった。コービンは「ディーンを演じたがっている俳優はたくさんいたが、僕が演じてほしいと思ったのはデハーン一人だ。しかし、彼にとってディーンは大好きな俳優だったから、彼の人生に割り込むような企画に好感が持てないという理由で、僕に会いたがらなかった」と振り返る。
デハーンは脚本を素晴らしいと思ったし、コービンを尊敬していたにもかかわらず、合意するまでに長い時間がかかったと打ち明ける。「製作が始まる1年前に脚本を読んだ時、僕にできるわけがないと思った。最終的に参加を決めるまでに5回は“ノー”と言ったね。」
デハーンの説明によるとそれは、「僕のディーンへの愛情と尊敬のせい」だった。「彼は僕が見上げていたい存在で、自分を重ねるなんてできなかった。」デハーンの気持ちが変わったきっかけは、ディーンが実際どういう人物だったのかを人々に伝えたいというカニングの想いだった。最終的には、演じることへの情熱がデハーンを説き伏せた。彼は恐怖を感じつつ、自分を成長させてくれることもわかっていたのだ。
ただしデハーンはとても細身だったから、肉体改造が必要だったとコービンが説明する。「最近の俳優たちのような腹筋じゃなく、もっと農夫のような腹筋が主流だった50年代の男性のように素晴らしい体つきを作らなくてはならなかった。」結果、デハーンは3ヶ月で11キロ以上も体重を増やした。
「彼は172.5cm 70kg。ディーンの方が僕より5cm低いから、僕が73.5kgになれば比率は同じで、彼に近づける。だから量を食べて、特にプロテイン等具体的に摂取したよ。2時間毎に食べなくてはならなくて、とにかく食べて食べて、体重を増やして増やしての作業だった。」とデハーンは語る。
 また、彼はメイクアップ・アーティストのサラ・ルバーノに頼った。目の色、髪型(デハーン曰くディーンの髪型は史上最高)、眉毛の1本1本、そして耳たぶに及ぶまで、毎日約2時間かけて施されたメイクが、キャラクターに信ぴょう性をもたらした。デハーンは衣装デザイナーのガーシャ・フィリップスにも助けられた。彼女は、タイムズスクエアの写真のコートなど、ディーンが着ていた服と全く同じものを見つけ出してきた。「鏡を見ると、ディーンに見える僕がいる。それが、大きな自信を与えてくれた」とデハーンは語る。
もちろんデハーンには、肉体的な特徴以上のものも求められた。「僕たちに大切だったのは、初期のディーンの美しさを捉えることだった」とカニングが説明する。ディーンの声、体格、気性を再現するだけでなく、リアルな人格が必要だった。
デハーンは伝説としてのディーンと、個人としてのディーンの両方を捉えることの大切さを理解していた。「みんなのディーン像を尊重しなくてはならないけれど、同時にそのイメージを破る挑戦も必要だった。彼が実はどういう人物だったのかを表現したかった。映画を見にくる人に、彼についての新たな発見を持ち帰って欲しいんだ。」
デハーンはリサーチを重ねた。「3ヶ月間集中して、あらゆる本を読んで、インタビューをたくさん見た。そして、ディーンがストックと帰省した時の本当に素晴らしい録音素材を見つけた。彼は初期の頃の極秘スパイレコーダーを持っていて、家族との夕食時の会話を録音していたんだ。それを聞けるなんて、贅沢で理想的だった。」

撮影の数か月前からライカを手にしたロバート・パティンソン

撮影の数か月前からライカを手にしたロバート・パティンソン

写真  ストック役には、ロバート・パティンソンが選ばれた。ディーンという偉大な人物を独自の視点で捉えている点に惹かれたパティンソンは、脚本のエレガントで詩的な語り口に感銘を受けた。彼にとって誰がディーンを演じようと構わなかったが、デハーンの名前が挙がるまでは最終的な判断を待った。パティンソンは自身がディーンを演じる可能性については、「絶対ないね。デハーンは勇気があるよ」と笑う。
パティンソンはコービンのイメージにぴったりで、「彼に会った後はこの役に他の誰も考えられなかった」と語る。カニングはパティンソンが二枚目俳優になることには興味がなく、奥行きのある複雑な役を演じたいと心底思っている俳優だと見ている。さらに『トワイライト』シリーズで大スターになった彼が、スターヘの道を上ろうとする人物をカメラにおさめる写真家を演じるのが面白いと感じた。
パティンソンは役作りのために、製作に入る数ヶ月前から、ストックと同じライカでの撮影を始めた。彼は伝統的な写真術を消え行くアートと表現し、「デジタルに比べて優しさがある」と語る。パティンソンはロンドンにあるライカの事務所にもアドバイスを求めて足を運んだ。

ディーンの親戚から提供された膨大な資料

ディーンの親戚から提供された膨大な資料

写真  撮影は、トロントとオンタリオの田舎町からスタートした。その後、ロサンゼルスへ移り、シャトー・マーモントとパンテージ・シアターで撮影された。 美術の最大の挑戦の一つは、ストックの写真のシーンを劇中に再現することだった。実話にできるだけ忠実でありつつも、2人の人間が心を通わす旅路から立ち上がる感動ドラマも表現したかった。
プロダクションデザイナーのアナスタシア・マサロは、世界中の人々から実際に愛された場所や人物を扱っていることに留意し、監督の芸術的視点をサポートしながらも、事実を尊ぶことを大切にした。そのため、セット装飾者と共に、ディーンの地元のインディアナ州フェアマウントを訪れた。
彼らはマーカス・ウィンスローに会い、膨大で貴重な家族の所有物を見せてもらうと共に、1955年のディーンの家についての詳細も教えてもらった。この訪問で得た情報を元に、最終的にはオンタリオにある2つの家を選び、1つを内装で、もう1つを外装と納屋のシーンで使った。
マサロは、ストックがディーンを撮影したアクティングスタジオや、ディーンのニューヨークのアパートを正確に再現することを迫られた。当初、アパートの資料はストックとロイ・シャットによる写真だけだった。そこで、そのアパートに40年住んでいる人物に頼み、部屋の寸法を計らせてもらった。その時、部屋にだるまストーブがあることに気づいた。また、有名な写真にピアノの椅子が写っていたことから、ピアノがあったことも判明した。

人生の歩み方について深い贈りものを与え合った2人の物語

自身と共鳴する写真家の物語に運命を感じたアントン・コービン

 撮影監督のシャルロッテ・ブルースは、自身とコービンとの背景の違いを面白いと感じたと話す。「私は動画で彼はスチール写真の世界の出身だから、互いにとても興味深い形で影響し合ったわ。2人で1955年のリアルな世界観を作ろうとしたの。スターの出ている映画じゃなく、ディーンとストックの実際の生活に見えるように、真実味が出るライティングが必要だったわ。」
 最後にデハーンがこう説明する。「この映画は、2人の全く違うマインドを持つアーティストが互いの共通点を見つけ、その経験から成長していく物語なんだ。」さらに、デイヴィスがまとめる。「ここには、人間はいつか死ぬという事実が、今の人生の選択にどう影響するかという深いテーマがある。人生の讃歌であり、ディーンの死への哀歌なんだ。」

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